<聴覚障害児の母の感動のエピソード>「言葉」は母親からの最初の贈り物

全国聴覚福祉協会が開催する「全国聾学校作文コンクール」には、毎年聴覚障害児たちが書いた数多くの作品が寄せられる。

聴覚障害児たちの作文力を育むとともに、自信や広い視野を身につけさせることを目的に2005年から開催されている同コンクール。集まった作文を分析して聴覚障害児たちが抱える作文の課題や傾向を導き出し、各教育現場にフィードバックすることで作文指導の向上を図るという狙いもあるそうだ。

実はこのコンクールには、作文を書いた子どもの他に“もう1人の受賞者”がいるのだという。

作文コンクールの“もう1人の受賞者”は?

作文コンクールの“もう1人の受賞者”、は、障害児をここまで育てた母親たちだ。

「彼らがここまで作文を書くようになるまでに、お母さんたちもたくさんの努力をしてきました。彼らの書いた作文はその集大成であり、子どもたちとお母さんの絆でもあります。」

そう話すのは、公益財団法人聴覚障害者教育福祉協会専務理事の櫻井氏。

聴覚障害児が語彙を身につけるにあたって、彼らの最も身近にいる母親たちは大きな支えとなる。

聴覚障害者教育福祉協会では聴覚障害児だけでなく、彼らを育てる母親の支援も実施している。

今年度で38回目を迎える「聴覚障害児を育てたお母さんをたたえる会」では、全国のろう学校や関係団体より推薦された約100名のお母さんに記念の表彰盾を送り、その苦労をねぎらっている。

また、聴覚障害児を育てた母親たちの手記を集めた『ハマナスの歌』も発行。そこには、ある親子の心温まるエピソードが刻まれていた。

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三か月の次男を背負い、三歳の長男とろう学校へ

Kさんは、ご主人と三男一女に恵まれた六人家族。長男が三歳、長女が二歳、そして次男が生まれて三か月ほど経ったとき、三歳の長男が聴覚障害であると分かった。

「現代の医学では、なおる見込みはなく早期教育しかない。」

そう告げられて以降、二歳の長女を保育園に預け、三か月の次男を背負い、三歳の長男の耳に小さな補聴器をつけて、聾学校への通学が始まった。

Kさん「母親として、わが子の苦労している姿を見ることほど、つらいことはありません。『おやつ』『コップ』こんな言葉が言えなくて、おやつがもらえず泣くわが子。『きゅうしょく』『おはし』が言えなくて、みんなと一緒に食堂へ行けず、泣き叫ぶわが子。そんなわが子を一日中見守り、学校でできなかったことを家で復習する毎日でした。」

りんご、ばなな、みかん…。

来る日も来る日も、絵を書いたカードを見せて物に名前があることから教えたKさん。お風呂にお湯を入れて手を浸しながら「熱い」「冷たい」を教える。近所でお葬式があれば長男を連れて行き、「悲しい」という気持ちの言葉を教えたこともあったという。

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Kさん「健聴者が六歳までに理解できる言葉は六千個あると聞き、気の遠くなる思いでした。いねむりするわが子に、冷たいタオルで目をふいてやり、二時間、三時間と、できるまで何回も教え込みました。」

そんなKさんを支えたのは、常に前向きな姿勢のご主人でもあった。

「長男のおかげで、二倍の人生を体験させてもらっている。」ご主人の優しい言葉に励まされ、家族で共に歩んできたという。

聾学校中学部に入学した長男は生徒会活動で副会長を務め、高校では卓球部のキャプテンとして、聾学校関東大会でチームを優勝に導いた。そして本人の強い希望で、国立大学法人筑波技術大学に入学。

「苦労をかけた両親に親孝行がしたい」という、聾学校卒業時に書いた決意文通り、シャープ株式会社の技術情報センターで仕事に励んでいるという。 

Kさん「障害を持ったわが子が歩んだ人生でたくさんのことを学ばせてもらい、今は感謝の気持ちで一杯です。長男には、これから先も、何があっても負けない人生を歩んで欲しいと願っております。」

あなたに言葉を与えてくれたのは…

私たちが普段当たり前のように使っている「言葉」。

まるで空気のように「存在して当然」と考えている人もいるかもしれない。

しかしその言葉は、母親をはじめとして、自分を愛してくれた多くの人々に与えてもらった「かけがいのない宝物」だ。

それは聴覚障害児でも健聴者でも、同じことなのではないだろうか。

<取材協力>聴覚障害者教育福祉協会

<参考>創立80周年記念刊行ハマナスのうた 第8集

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